激情プロレスリング(ルミネtheよしもと)
事件が起きた。
新日本プロレス所属のレスラーとよしもと芸人が旧世代と新世代に分かれて鍔迫り合いを繰り広げるこのイベント、「がっかりしたこと」をテーマに仲間の身内ネタを暴露するコーナーで事件は起きた。
ライブの途中に盛り上げる起爆剤として、南海キャンディーズ・しずちゃんやロバート・秋山など芸人が投下される中、同コーナーに突然乱入したのは白装束姿のバッドボーイズ・佐田ととろサーモン・久保田である。私の脳内プロレス辞典(ケイブンシャ文庫)をめくっても、二人がプロレス者という印象はなく、9割がプロレスファンでむせかえる客席には、「誰? 何しに来たの?」という当惑が広がっていった。
「俺にも言わせてくださいよ、がっかりしたエピソード!」佐田が竹刀を振り回す。「レイザーモンHG! おまえのフェイスブック、あれ一体なんだ!」
私はプロレス者である前にお笑い者である。だから、芸人同士の甘噛みプレイは嫌いではない。むしろ好きだ。しかし場内のほとんどを占めるプロレス者にとって、唯一の関心はレスラーがからむ話であって、よく知らない芸人の私生活は完璧に興味のない領域。EXILEのコンサートにいきなり現れ、詩の朗読を始めた反戦フォークシンガーに対するような視線が突き刺さる。
『ゼロ・グラビティ』で体感した、宇宙空間の静寂が劇場を支配する。とんでもないトラブルが発生した。早く地球に引き返せ! そんな全芸人とスタッフのテレパシーを無視して、とろサーモン久保田は叫んだ。
「この中になー、事務所に内緒で立川に営業行って、バトミントンやって5千円もらってる芸人いるだろ! 誰か言ってやろうか? それはな・・・俺でーす!」
この世界から音が消えた(実況解説の博多大吉が「・・・それにしてもこの二人のハートの強さには驚くばかりです」と声を絞り出すまで)。芸人がスベッた瞬間舞台に向ける視力が2・0までアップする私も、あまりのおぞましい空気に正面を直視できない。そして心の中で「5千円じゃなくて5万円じゃなかったっけ?」と小さく呟いた。
この時点から時空が捩れてしまったので、この後5分だったか200時間だったか、はっきりしないのだが、二人は引き下がることなく、死の岬に向かってバイクで何度も突っ込んでいった。佐田も久保田も然るべき舞台を用意すれば仕事をこなす、腕のある芸人である。それがなぜあのような場所にかりだされ、舞台で手首を切って自死しかねない環境を与えられたのか、全くの謎だ。出番を終えて消えた後も、舞台には二人の生霊がずっと残っていた。
このライブの翌日、同じ劇場に『ダイナマイト関西』を見に行った。舞台の片隅で、成仏できない二人の生霊がゆらゆらと揺れていた。