豆腐の角に頭をぶつけたあと鈍器で殴られて死ぬ

震える白い直方体の塊をひとつ、老人は慣れた手つきでビニール袋の中に放り込む。その光景を私は主婦の肩ごしに見ていた。
交差点に面した豆腐屋を初めて利用したのは半年も前のこと。木綿2丁を頼んだ私に店番のおじいちゃんが「おまけしとくからね」と耳元で囁くので、おからでも入ってるのだろうと家に帰って取り出したところ、テトリスで持て余すサイコロ型の風情で豆腐4丁ががっつり積まれていたのだ。
2丁に2丁のおまけ。善意は伝わる。しかしこれはおまけの存在が200円を投資して買った豆腐の立場を軽んじていること甚だしい。苦節30年働いてようやく購入したマイホームにおまけでもう一軒ついてきたら。この地球上において本体とおまけのバランスが等しくても許される生物は食玩だけという事実を、老人は分かっていない模様だ。
やがて利用するうちに店番を回す3人の店員のうち、白髪のおじさんだけが1丁買うと必ず1丁おまけをつけてくれることがうっすら分かってきた。それも「いつもありがとう……」と妙に平坦な抑揚でお礼しながら。
そして今日、私の前で豆腐1丁を頼んだ主婦に対して、注文通り1丁だけを渡しているのは売れ行きがよくておまけする余裕がないせいであろう。そう考えながら続いて私が木綿1丁を頼むと、おじさんは小声で「いつもありがとう……」とプラス1丁、計2丁を袋に放り込むのだった。
これはどういうことだ? 不穏な胸騒ぎを隠せないまま、盗み見ると頬をかすかに赤らめて微笑する翁。まさかG・E・I(グレイト・エキサイティング・異性)……
私は目のやり場に困って苦し紛れに視線を逸らした。豆腐の値段が記された札には「木綿」ではなく「MORE MEN」と表記されている。