米が酒に変わるミラクルを指して仰木マジックと呼ぶ

今号の『ナムバー』は野球選手25名がベストゲームを振り返る好企画。近鉄のエースだった阿波野秀幸が挙げているのは伝説の10・19、近鉄‐ロッテ戦だ。その試合内容は今さら説明する必要もあるまい。試合中に近鉄のデービスが強制送還されて、ロッテの愛甲が借金苦を理由に失踪。最後は井手らっきょが全裸の一本締めでシャンシャンという、実にめでたい宴であった。
実際のところ、近鉄ダブルヘッダーで2勝しなければ優勝に届かず、その第2試合は試合時間が制限されるという悪条件。引き分けのまま迎えた2試合目の10回裏、ピッチャーは阿波野から加藤哲に代わった。
加藤哲郎。そう、翌年の日本シリーズで「巨人打線はロッテより下」といなせな発言をしたばかり、巨人を発奮させて逆転優勝を許した小粋な戦争犯罪人である。稀代のお調子者というイメージしかない加藤であるが、阿波野によれば
「交代した投手は投球練習ができるんですけど、加藤は『一球もいらないからプレーボールをかけてくれ』と審判に言ってるんです。確か残り時間は3分でしたから、3分で終わらせるつもりだったんでしょう。僕たちは諦めていたんですけど、加藤だけがマウンドに走っていった」
胸を打つ光景ではないか。可能性がある限り、愚直と笑われようが賭ける−−全ての物語はそこからしか始まらないのだ。続けて阿波野は語る。
「だけど(加藤は)四球を出してしまい、ジ・エンド」
何してるんだ加藤坊や哲。会社の権利書を賭けた人生麻雀で「俺、やりますよ……やりますから!」と意気込みながら、最初の捨牌で人和を許してしまったような躓きっぷり。ちなみに加藤の通産成績は17勝12敗とのこと。なんだか西本聖1シーズン分の成績を見ているようである。同時に西本10ライフ分のお調子者ぶり。