ミックジャガー横田

仕事で大阪へ。心斎橋の古いロックを流すバーに顔を出すと、狭いカウンターに男3人が肩を寄せて熱いロック談義に励んでいる。
「やっぱり最高の一枚って言ったらドアーズのライブ盤だよな……」
「あかんわー。ストーンズやで絶対。オレは『ベガーズ・バンケット』。ジャケットも最高や」
こういう場には必ず一人いるストーンズ信者。その存在は珍しくもないが、その容姿が視界に入って目を離せなくなった。ほとんど手入れしてないと思われる髪は肩まで届き、目元はマッカーサーレイバンに似たやたらレンズがデカいサングラス。そして白いタンクトップには、ローリングストーンズのベロマークが3つ横に並んでフィーバーしていた。一瞬、中山功太がコントの衣装のままいるのかと錯覚する。何と言えばいいのか、アマゾンの未開民族がたまたま知った石原裕二郎を感性だけに頼って物真似した感じだ。その全く目的が分からない過剰なボリューム感を前にしては、年齢不詳であることもどうでもよくなってきた。彼が掲げるグラスのウイスキーが小さく揺れて見えるのは、私の視神経に新種の電磁波をそよそよと送り込んでいるのだろうか。
彼の動向をうかがいながら、しばらく持参の養老ビールをマスターに気づかれないように啜っていると、3人のロックトークも次第に終息。「そろそろ行こか」と席を立ち、意外に大人しく会計を済ませる彼らに、カウンター内のマスターは「おう今からか。頑張れな」と優しく声をかけた。
私は扉が閉まったのを確認して、マスターに訊ねた。
「もう23時ですよね。頑張れって、あの人たち今からライブでもやるんですか?」
「ちゃうよ。端にサングラスかけた子おったやろ? 彼22歳で童貞なんやけど、これから風俗に行って筆下ろしするんやて」
ウイスキーが揺れていたのは手が震えていただけの話……。その時、扉が開いて偽原裕二郎が「すいません忘れ物しちゃいましたー」とウエストポーチをつかみ、再び足早に夜の街へと消えて行った。あのベロタンクトップは日本ピンサロ協会のオフィシャルグッズだったかもしれない。サティスファックション。