『笑う犬の生活』を見て犬の膝が笑う

このウェブログで『やりすぎコージー』と『なるトモ!』の話題しかしていないことに気づいたので、今日は10年ぶりに開催されるパレスチナ評議会ではイスラム原理主義組織ハマスがPLO主流派ファタハに猛追している事実を踏まえたうえで、『なるトモ!』について書くことにする。
先日の『なるトモ!』のゲストは内村光良。物珍しさに惹かれてチャンネルを合わせると、始まった番組には事務所を超えたバーター界の貴公子・ふかわりょうの姿しかなかった。なるほど、場が暖まったところで内村がコントキャラクターで登場という段取りなのだろう。
しかしあまり親しくないであろう共演者からもふかわがスベリ芸人されて絶好のワークをこなしているのにもかかわらず、番組が進行しても内村は登場する気配すら見せない。ドーバー海峡横断中に赤潮にでも巻き込まれたのか? と訝しむことすら忘れた番組放送終了3分前、素の内村は自らが監督した映画の宣伝ボードを持って颯爽と現れた。
ここで当然なるみやメッセンジャー黒田は1時間以上の生殺しタイムに逆襲するごとく、「いくら陣さんが1000万円儲けたからって、内村さんの稼ぎには叶わんでしょー」「女子アナといえば、奥さんは元気ですの?」と反逆の轟射アワーに突入。するかと思いきや、内村はほぼ淡々と映画の告知をするのみで、関西勢の攻撃はふかわに集中し、その顔はベトベトに汚れていった。まるでふかわは要人を擁護するため、というか囮としてボコボコになるために派遣されたボディガードのようだった。
なぜ内村の出演時間はこんなに短かったのだろう? 本人は数少ないコメントの中で「今、名古屋から着きまして」と遅くなった理由を説明していたが、こんな早くから名古屋の朝番組に出演していたとも思えない。やはり意図的に出演時間を短くし、可能な限りカラミを抑えたいと望んだと考えるのが妥当だ。
”素を見せない”芸人として分類される内村は、自然体のトークが苦手。だから時間を短縮した……には違いないが、それにしてもそのバリケードの厚さ。思うに内村は”素を見せない”のではなく”素が存在しない”のではないか。コントを演じるウッチャンもいる。中堅芸人を操るプロデューサー内村もいる。でもテレビの世界において内村光良という芸人ははなから存在しなかったのである。つまり私が今日『なるトモ!』で見たのは「内村光良」ではなく、最近獲得した「映画監督・内村光良」という新キャラクターだったのだ。でも新キャラは笑いの方向にも芸術の方向にも振り切れておらず、茶の間からは存在するように思われている内村光良として面白いトークを期待される。その違和感をうやむやにするため、出演時間が削られ、ふかわという煙幕を用意したようにしか見えなかった。トーク時のあの頼りなさを思い出すに、もしかすると画面に映っていたのは、映画監督という映写機が映した内村のホログラムだったのかもしれない。
そして1日経った今、『なるトモ!』では、ゲストに招かれたメッセンジャーあいはらとケツカッチン高山が腰を据えて、堂々とコメントしている。なんだろうこの危うさゼロ感。この二人はテレビを消しても確実に存在しているだろう、大阪のどこかで。