近所の居酒屋で私は一人、酒を飲んでいる。L字型を左にひっくり返した形のカウンター。そこの短い辺に腰掛けて私は一人、酒を飲んでいる。
店の奥にはクロス屋が二人。だんだん酒が回ってきて、店を一人で切り盛りする70代のおかあさんに「おっぱい揉ませてくれよー」とからんでいる。「やだねえ、この人は。そういう店じゃないんだよ」。おかあさんは下ネタが苦手なようで、困惑と照れが混じった表情を浮かべた。そして「困ったもんだねえ」と助けを求めるように、店の奥からこちらに移動してくる。私の手前にいる会社員4人組は測量士が使うようなデカい地図を広げて、「で、駅前のロシア人が抱ける店ってどこ?」と真剣に意見交換をしていた。
やがて測量士たちも酩酊し始め、そのうち一人の始めたしゃっくりが止まらなくなった。「あれだぞおまえ、酒相当飲んでからのしゃっくりって危ないんだぞ」「ン、本当ですか、ン、どうすれば止まるんですかね? ンンン」「そりゃあれだ。コップに水入れるだろ、そしたら首曲げて覗き込むようにしてだな、向こう側のフチからチューチュー水飲む。これで一発だ」「ン、それいいですね、ン、やってみます」会社員は深く頷くと、覗き込むようにしてグラスの向こう縁からチューチュー吸い始めた。炭酸がどっぷり入ったチューハイを。
しばらくして6人の客は帰った。クロス屋はなぜか私を含めて全員の客と握手して帰っていった。私は熱燗を傾けながら、おかあさんと二人でテレビに映る『ザ・チーター』を見て過ごす。すると静寂ぶりに誰もいないと思ったのか、店の2階から「焼きそば作ってくれよー」と一人の男が駆け下りてきた。白ランニングにトランクスのでっぷり太った30代男性。客である私の姿を見るとバツが悪そうに二階へ引き返していった。私とおかあさんはその事に何も触れず、『ザ・チーター』を見続ける。
引っ越すまでは笹塚の外れで飲んで場末を気取っていた。しかし今なら分かる。あそこはまだ世界の中心だということが。