男は挑戦状を叩きつける。休暇申請書を下に重ねて

楽屋の扉越しに尋常ではない量の嬌声が聞こえてくる。その喧騒を感じながら、鏡の前でアキは丹念に髪をなでつけていた。
「聞こえるか、カン?」背後で煙草をくゆらかせるカンと鏡の中で目があう。「あいつら、俺たちの出番を待ちわびてるんだ。楽屋の外で煙草吸おうもんなら、熱気で引火しちまうだろうさ」
「そうとも−−」カンは傍らにあった小道具(そう、例のあれだ!)を弄んでいたが、しばらくすると所有者である相棒にそれを優しく投げつけた。「やっこさんらは本当の芸を見るためにここに来たんだ。力のないネンネたちのお笑いには愛想がつきたってわけさ」
それ以上、二人に言葉はいらなかった。二人はゆっくり立ち上がると強く握った拳を重ねて突きあわせるいつもの儀式を行った。出番の時刻だ。二人は軽く深呼吸したあと、傷んだ扉を開いて歩んでいく。あの熱狂が待ち受けるステージに向けてーー
http://www.nikkansports.com/entertainment/f-et-tp0-20060520-34344.html
観客の視線は顔中がセロテープにまみれたアキではなく、水しぶきをあげるボートに注がれていた。