風が強く吹いて、桶屋が激しく儲かる

恥ずかしながら私は青春小説が好きだ。ジョギングもたしなむ。三浦しをんの『私が語りはじめた彼は』も面白かった。だから箱根駅伝を舞台にした彼女の新刊『風が強く吹いている』は期待を寄せた。そしてさきほど読み終えた冊子を卓袱台の上にのせてローリングソバットで叩き落したところだ。本に手をあげるなんて高校生の頃『ゲームの達人』にキン肉バスターをかけて以来の暴行である。小説の出来に一喜一憂する性格ではないけれど、これはひどい。ひどすぎるよ。「感動するスポーツ映画があるから!」とミニシアターに連れて行かれて、強制的に速水ロコみち主演のドラマ『レガッタ』全話を見せられた心持ちがする。
貧乏下宿の10人が駅伝チームを結成。数ヶ月後に予選会突破。箱根の本番はシード権獲得。これに500ページ。出てくる10人みんな真面目で、大学生なのに誰ひとりセックスしない。真面目だから誰ひとり膝も壊さない。4万2195キロの起伏が全くない直線を延々と同じペースで走ってるような小説なのだった。その性善説野郎たちが織り成す岡本真夜ソング的展開は、マンガであれば予選会突破したあたりでタオル投げ込まれて連載が終了しているはず。書いてる作者はランナーズ・ハイになったのかもしれないが、読んでる方は青色吐息、リーダーズ・ロウである。
参考文献を見ると、箱根駅伝公式ガイドブックとムック本の類が2冊。この程度の情報量ではルームランナーの前に広がる風景ぐらいしか描けまい。気分が心底荒んだので、私はこれから走ってくる。いつものジョギングコースには、ストレッチ代わりに四股踏んでるオヤジや、浮島の上で受身の練習をしている謎の柔道家がいるんだ。それを横目に走る楽しみがあることを、三浦しをんは知らない。