「はなまるマーケットは今後有望な市場」(日経流通新聞より)

伊集院光のラジオを聞いていたら、アシスタントとして登場した女子アナ・海保知里が「私、伊集院さんのラジオを熱心に聞いてたラジオっ子なんです」と告白していた。そうか。それだったか。これまで抱いてきた海保知里への疑問の糸口をわずかに見出して、膝が折れる気持ちがした。それも鶴のような折れ方で。
私は海保の存在が不思議でならなかった。「愛くるしいルックス」「スタイルも悪くない」「一所懸命で性格よさそう」「帰国子女」など、女子アナにとっての好材料が揃ってるのに、放つのはどうにもそそられない光線。スチュワーデスでも国内線のような片肺感。駅から徒歩3分・日当たり良好・角部屋と好条件で満たされているのに住めない。住めないというか抱けない。抱けないというか抱けるものなら抱きたい。抱くのがダメなら踝ぐらい舐めさせてほしい。言葉を転がしたら主張とずれてきたのでやっぱり俺はここでは暮らせない。特に一番の謎は『はなまるマーケット』における海保のタイトルコールで、「リストランテ、食べてみ亭〜」と声を上げると、共演者から嫌われてる風でもないのに、スタジオには取り返しがつかないとでも言いたげなおそろしく白々とした空気が立ち込めるのである。あれは一体何なんだろう。
しかしそれが”AMラジオ育ちが翳を落とす”愛くるしさや一所懸命と考えたら、若干の合点がいく。学校でパッとしない少年少女が外部に見出す自己解放という意味では、アニメ的と言い換えていいかもしれない。教室の隅で昨日の深夜放送の話に興じる恥垢連、図書館の一画でやたら上手なイラストを交換している貧乳教の暗い臭いを私は海保から感じるのだ。妙に派手な笑い声、独り言に近い自虐的なフォロー、不自然にハキハキとした動き。これらの一連のアクションは業のようなものであり、我々がそれを受け止めきれない感じは、アニメファンの言語を聞いた当惑に似ている。海保はおかしな語尾をつける。海保は会話に古語をちりばめる。海保は擬音を口に出す。そんな瞬間を見たことはないが、想像するとこれでもかというぐらいよく似合う。
しかしこれだけ考察を重ねても海保の本質は未だよく分からない。そもそもラジオリスナーとアニメファンを束ねる強引さに自分でも気がついてるし。海保が文化放送の声優ラジオを聞いてたという証言が欲しい。いと欲しいぞえ。