グランジ・佐藤大プロデュース・エンターテイメントライブ「お笑い九龍城 こんなお笑いライブがあってもいいじゃねえか!」(よしもとプリンスシアター)

そろそろよしもとプリンスシアターが閉館するタイミングで、このイベント名を知った時、不良高校に吹き荒れる教師へのお礼参り、通称“春一番”を連想したのは私だけではあるまい。当初は舞台に上がる芸人にもドレスコードがあった劇場で、リーガル芸人(法学部出身ではなく、もっぱら適用される側の意味)・佐藤大が罪を犯してから亡命を企てることは、至極真っ当な行動である。
そしてこれが予想を凌ぐすさまじいライブだった。
幕が上がるや、軍服姿のグランジ・大が姿を現し、「これはお笑いライブじゃない! クズ芸人を更正するカリキュラムだ」と宣誓。その宣言通り、売れそうで売れない吉本若手をかき集め、叩いてかぶってジャンケンポンの退化系企画「バットをフルスイングしてジャンケンポン」、山一證券の採用試験に使われたと評判の「歌舞伎町に群がるカラスの有効活用方法をアドリブでスピーチ」など、おぞましい企画を提供しつつ、大のMCは絶好調。「あなた罰として、第一京浜の中央に立ってなさい」「俺は今日吉本に辞表を出してきた! 今はただの軍人居酒屋の店員」「桂三枝師匠だっていつかは死ぬんだ」など、キラーフレーズが確変状態に突入し、舞台上の芸人も観客もその快刀乱麻にバサバサと斬られて笑い死にしていった。
それからライブも半ばを過ぎた頃。「とある映像が流れるので、片方に声援を、片方にブーイングを送る」企画が始まり、いにしえのプロレスタイトルマッチがスクリーンに映し出される。これに芸人が声を嗄らして声援を送ると、まだもう一試合あるという。大いわく、「次は緑を応援して、黒をけなす」ルールで、プロレスに通じた芸人からは「ああ、三沢vs鶴田戦だな」の声が漏れた。はたしてスクリーンに映ったのは、ケースの中でスズメバチとカマキリが殺戮しあう接写映像だったのだ。
約5分後。動画が終了し、舞台に照明が当たると、そのえげつない映像を目撃した観客が誰も笑わなくなっていた。さっきまであんなに激しく愛してあってたのが嘘のようだ。
私はこれまで数々のスベリ舞台を目撃し、それを深海だの荒野だの月面だの地獄一丁目一番地だの報告してきたが、もうそんな次元を超えている。あの沈黙に一番近い言葉は「闇」だ。たぶん『テニスの王子様』の舞台が急遽ゴキブリコンビナートの公演に変わったらこんな空気になるのだろう。私の前席の女子は、結婚初夜にレイプ魔であることが発覚した新郎を睨みつけるような視線を舞台に送っていた。
その後もいわくつき人物の映像を流して前科の合計を当てるフラッシュ暗算など、抜群な企画が続くのだったが、もはや修復不可能に。客の心も離れ、大のハートも折れるという好ましいマッチングが成立したところで公演時間はオーバー。今後、この全容を語る者の圧倒的少なさから、「伝説」と謳われるに違いないライブの幕は閉じた。
さて公演名「こんなお笑いライブがあってもいいじゃねえか!」に対する答えは、「あってもいい。でも人前でやっちゃ絶対にダメ」である。次いつやるのかな。